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大阪高等裁判所 昭和60年(ラ)190号 決定

抗告人

浜村直太郎

外別紙当事者目録記載の一四六名

右代理人

小牧英夫

相手方

阪神高速道路公団

右代表者理事

浅沼清太郎

神戸地方裁判所が同庁昭和六〇年(モ)第二六〇号文書提出命令申立事件につき、同年四月一一日にした却下決定に対して、抗告人ら一四七名から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一、抗告人らの本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二、当裁判所の判断

当裁判所も原決定と同様抗告人らの本件文書提出命令の申立を却下すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり訂正するほか、原決定理由説示のとおりであるから、これを引用する。

原決定中「原告ら」とあるのを「抗告人ら」と、「被告」とあるのを「相手方」といずれも訂正する。

原決定六枚目表八行目頭から同一〇行目末尾まで〈編注・本頁第一段三二行目の「文」〜第二段三行目「る。」まで〉を「文書をいうものである。」と訂正する。

したがつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(廣木重喜 長谷喜仁 吉川義春)

抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 被抗告人(被告)阪神高速道路公団は、神戸地方裁判所昭和五一年(ワ)第七四二号事件について、同被抗告人が、抗告人らの居宅において防音助成工事の対象となるか否かを判定するためになした騒音測定の測定位置、測定時間及びその結果を記録した書面を神戸地方裁判所に提出せよ。

抗告の理由

追つて詳細に主張するが、被告道路公団の文書提出義務の根拠については以下のとおりである。

一 本件文書は、民事訴訟法第三一二条第一号の「当事者ガ訴訟ニ於テ引用シタル文書」に該当するとともに、同条第三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書に該当する。

二 同法第三一二条第一号の「引用」とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主張の助けとするため、特にある文書の存在と内容を明らかにすることをさすのであるが、被告は、昭和五六年七月一五日付第一三準備書面において、原告らの一部の居宅において、騒音測定をなした事実および、その測定の結果に基づき、防音助成工事を実施した事実を主張している。さらに、同準備書面別冊(一)の中では、本件文書に基づき、助成工事に先立つ騒音測定の年月日の事実を主張している。

したがつて、本件文書は、被告公団によつて「引用」された文書であることは明らかである。

三 同条第三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書とは、挙証者の法律上の利益または地位を基礎づけるものであり、またその利益を証明することを目的として作成された文書をさすものとされている。

本件文書は、原告らの曝されている、騒音のレベルを記録したものであり、また、被告の実施した防音助成工事に関連して、原告らが、一定レベル以上の騒音に暴露さママていることを証明するためになされたものであり、まさに同条三号前段の文書に該当する。

四 民事訴訟第三一三条三号後段の趣旨について。

原決定は、昭和四〇年代以前の古い判例の見解を踏襲しているものであるが、このような判例の見解も、後の判例の進展からみればその意義をそのまま評価しえないものである。

現在においては、同条の文書提出命令の規定の趣旨は、実体的真実の発見及び証拠の偏在の是正をはかるものであるというものであることは、すでに多くの判例、学説によつて指摘されている。

すなわち、横浜地裁横須賀支部昭和五三年一〇月三〇日決定は、

「民事訴訟法三一三条の立法趣旨は、一方における証拠資料の獲得という訴訟の理想と、他方における文書所持者の利益の不必要な侵害の防止との調和をはかるにあるというべきである。

したがつて、原決定のように『法律関係文書』を挙証者と文書所持者との間の法律関係の発生原因が両者間の契約関係である場合に限定することはもとより、当該文書記載の事実が両者間の法律関係に関連して作成されたものでなければならないと解することは相当でない。また文書所持者の内部的自己使用の目的で作成された文書であつても、それが家計簿や日記帳のように、個人のプライバシー保護のため本来公開すべからざるものか、または証言拒絶権における公務員の職務上の秘密に相当する事由その他所持者に不利益を及ぼすべき事由の存しないかぎり、そしてまた当該文書が挙証者の証明責任の実現のため必要かつ適切であるとみとめられるかぎり、それは提出義務を負うべき『法律関係文書』にあたることになる。民事訴訟法三一二条一号、二号、三号前段はこのような文書を例示しママたしたものというべきであり……。」

としているほか、

大阪高等裁判所昭和五三年三月六日決定も、同様の趣旨から、大気汚染に関する被告加害企業側が測定した、二酸化イオウ、風向及び風速、降下ばいじん量等の記録を収録した磁気テープについて、不法行為による火力発電所の運転の差し止め及び損害賠償を求めている原告らの請求のママてらせば、右各磁気テープは「いずれも公害による不法行為の法律関係と関係をもつもの、いいかえると大気汚染とこれによる付近居住住民たる原告らの損害発生という法律関係に関係をもつものと解せられるから、本件資料は、同条三号後段の法律関係文書として、文書提出命令の対象になるものというべきである。」としている。

五 内部文書であるとの点について。

一部判例のもちいている「内部文書であるゆえに文書提出命令の対象たる法律関係文書にあたらない」との論理については、何等の実質的根拠のない理論であり、文書提出命令を否定するための枕詞として概念が一人歩きしているものにすぎない。

そもそも、証拠の提出についての弁論主義は、双方当事者が当該証拠を法廷に顕出することを望まない場合についての原則であり、いずれかの当事者が、当該証拠を法廷に顕出することを望む場合については機能しない原則なのである。当事者は、相手方や第三者を自由に尋問でき、いかなる物も検証できるのである。

本件文書については、法律上証拠として提出するについての公法上の障害もまったくなく、被抗告人公団と、抗告人の間の防音助成工事契約締結に際して作成せられたものであるとともに、抗告人らがさらされている騒音の暴露の状況を記録したものであり、まさに、法律関係文書に該当することも明白である。

当事者目録《省略》

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